錆びたレールのその先に ~分断された常磐線
列車が走ってこそ鉄道になります。
赤茶けた錆びたレールが物語る悲しい現実。
東日本大震災により福島第一原発が破壊され、
放射能の影響で、3年たった今でも全線開通の
見通しがまったく立たない常磐線。
いわき市の北限、広野駅の現状です。
四ツ倉辺りから国道情報案内板に「この先通行止め」
の表示が目立つ国道6号線を北上。
常磐線はこの広野駅より先、宮城県の浜吉田駅
迄の約100Kmが運休中です(原ノ町~相馬間は
区間運転中)。
広野駅は業務委託駅(JR水戸鉄道サービス委託)で
改札には白髪の65歳位の駅員さんが手持無沙汰げに
待機しておりました。
「構内を撮影させて下さい」と声を掛け、入場券を購入。
「構内は仮設ホームで足場が悪いから気を付けて」
「跨線橋は通行不可で反対ホームには行けないよ」と
告げられました。
駅舎と仮設ホームを結ぶ連絡路も危なっかしい。
仰る通り、跨線橋の連絡口はロープが張られ、
渡る事は不可能です。
1番線(仙台方面)、2番線(上野方面)の間に無数の
鉄パイプとコンパネで組まれた仮設ホーム。
広野駅は仙台に向かう一部の「スーパーひたち」の
停車駅でした。
本来のホームには「スーパーひたち」乗車口の案内
表示がとても虚しい・・・・
1番ホームには童謡 『汽車』 歌碑が建立。
「今は山中 今は浜 今は鉄橋わたるぞと」で始まる
この曲の舞台になったのは、常磐線のこの辺りで
あったという説に基づいています。
「思う間も無くトンネルの 闇を通って広野原」と
続きますが、「広野原」は「広い野原」だけではなく、
「広野(広野町)と原(原ノ町)」を掛けているらしい。
(この説には異論もあるらしいが・・・)
11:24 広野駅終着の541M。
この電車の到着に合わせて広野駅を訪ねました。
到着して直ぐに変更される方向幕。
「広野行き」表示の内に速攻でシャッターを切りました。
いわき~広野間は1日12往復。
朝に4本集中しており日中は2時間に1本程度の運行。
通学・通院の人たちが主たる利用客で、到着した車両から
下車した乗客は10名程度。
田舎では一人一台 車を保有しないと生活出来ません。
日中乗車する人は年配者位なので運行本数の少なさは
仕方がありません。
折り返し いわき行きとして停車中のクモハ411。
この車両はいわき駅~広野駅間で主に使われています。
仮設ホーム先端から仙台方面を遠望。
( 中央に広野火力発電所の煙突 )
何処までも果てしなく続く線路。
赤茶け錆びついたレールに旅客列車が走る日が
いつ来るのだろうか?
途切れた線路の先に明るい未来はあるのだろうか?
そんなことを考えながら広野駅ホームで過ごしました。
福島第一原発事故の事など遠い過去のように報道も
トーンダウンし、東京オリンピックや「アベノミクス効果」
で景気回復するかに関心が移っています。
しかしながら、ここより先、楢葉・大熊・浪江と帰宅困難
地域が待ち受けます。
福島第一原発の負の遺産は今後、数十年と存在します。
この「途切れた線路」が福島県の抱えている現実なのです。

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